私は2015年から2017年にドイツの大学へ留学をしていました。会社の制度を利用して、研究をさせて頂いていました。留学生活で日本とドイツの大学院や学生の違いなど様々に感じたことがあるので、シリーズ化して投稿しようと思います。
日本とドイツの大学院の違いを大きく分けて6つの項目を書きますが、一つ一つ詳細を書くと膨大な長さになりそうなので、この記事では概要を紹介し、別の記事で詳細を書こうと思います。
日本の大学院とドイツの大学院って何が違うの?
「研究環境」「教授との距離感」「学生の研究生活」など
実際に両方を経験した私だからこそ感じたリアルをまとめました。
この記事では
海外大学院に興味がある方
将来研究職を考えている学生
日本の大学院との違いを知りたい若手エンジニア
の方の参考になればと思います。
一つ注意して頂きたい事は、私自身の経験なので日本の研究とドイツの研究室が必ずしも皆同じではないことです。これから書くことは私自身が所属していた研究室での体験を書いているので、他の研究室も全て当てはまるわけではないことをご承知おきください。
私の留学の簡単な紹介
私はドイツのアーヘン工科大学(RWTH Aachen University)に留学していました。社会人だったので研究室の客員研究員として研究する予定でしたが、大学の規定で客員研究員としては受け入れてもらえず、博士課程の学生として入学することになったのです。
博士課程の学生として研究室で学び働くことができたので、様々なシミュレーションソフトのライセンスを簡単に得られることができて、自分の研究をスムーズにする利点となりました。
半導体の研究室ではなかったのですが、半導体の応用技術を学ぶことができる研究室に所属していました。この話はまた別の記事で書こうと思います。
1. 研究室の規模
まず日本の大学院の研究室は研究科があり、その下に専攻に分かれていて、さらに研究室というように細分化されていますが(研究センターとか特別な機関もあります。)、ドイツ(アーヘン工科大学)では、日本の様に組織的に細分化されておらず、「研究所」または「研究センター」の単位で存在しています。
研究所として独立しているところもあり、また研究センターの中に研究所がある場合もあり、この研究所が日本の研究室のイメージに近い気がします。そして学士、修士、博士課程の学生の人数が数人から十数人、多いところで20人くらいの日本の研究室の規模に対して、アーヘン工科大学に所属する学生は4万人以上もいることから、研究所では常に50人以上の学生が所属していました。
この「常に」という言葉を使ったのは、ドイツの大学の学生はそれこそ同じタイミングで入学しますが、卒業はそれぞれ時期が異なることから、一年を通して人の入れ替わりが多かったです。このことは修士課程の項目のところで詳しく書こうと思います。

日本の旧帝大も約2万人の学生数はいますが、アーヘン工科大学はその2倍以上の学生数なので、規模が大きいのは当然なんだなと改めて思いました。
2. 教授などの教員とその関係性
日本の研究室には教授、准教授、助教の存在があり(もちろんこの三役が全員いるわけでもない)、縦の構造が存在していますが、アーヘン工科大学で准教授、助教という肩書の方は当時私は一人も会うこと、見ることもありませんでした。いわゆる准教授クラスの人はいない、いたとしてもごく少数なのだと思います。
その変わりに、客員教授やプロジェクト専任の教授はいました。研究所に数人の教授が所属していましたが、その教授たちは基本的に対等の関係で、研究所の代表としての教授はいたけれども、仕事に関してはあくまでも対等であったと思います。
それは教授たちだけではなく、博士課程の学生とも技術に関する話であれば、ある程度の対等さはあるように見えました。これについては後編の教授と学生の関係性の項目で詳細を書きます。
私が所属していたドイツの研究所の教授も仕事でお世話になった別の研究所の教授も、学生に対して、また学生以外にも高慢な態度を見せたことがない、内面もとても素晴らしい教授たちでした。
仕事の話で厳しい指摘はもちろんありますが、それは技術に関しての話の場合です。仕事以外の大学や研究所のイベントではとても気さくで、親しみやすい教授でした。たまたまそういう教授と縁があっただけかもしれません。
日本の研究室には縦の構造が出来上がっており、技術においても教授と准教授が対等な関係であるというのはあまり見たことはありません。ただお互いにリスペクトをしているという関係性もあるところはあると思います。
3. 教授の秘書
日本の研究室の教授に秘書がいるところといないところはありますが、私が所属していた日本の研究室では秘書がいました。
秘書の仕事は教授や学生の旅費関連の申請、学生の給料の申請(これは少し特殊なことなので別の記事で書こうと思います。)などお金にまつわることが主だった気がします。技術的なことはノータッチでした。
技術に関する仕事は准教授や助手(場合によっては博士課程の学生も少し)が教授の補佐として行っていることもありましたので、技術的な秘書は准教授、助手が該当すると思います。(もちろん研究室によっては完全に教授と准教授で仕事を分離していて、技術的な秘書の役割を成さないところもあると思います。)
アーヘン工科大学で所属していた研究所の教授に秘書はいました。日本の研究室の秘書と同じく、学生の給与(こちらも別記事で書きます。)関連、教授のスケジュール調整、学生の学士論文、修士論文、博士論文の発表の案内などでした。
私は秘書に教授のスケジュールの確認のお願いや、日本から会社の同僚が私の仕事のプロジェクトとは別のプロジェクトで打ち合わせに来ることがあったので、教授との会食のためのレストランを予約してもらうこともありました。
そして技術的な秘書もいました。前にも書いたとおり、准教授、助手はいないので、それらの仕事を行うのは博士課程の学生でした。彼らは「チーフエンジニア」という肩書がありました。
チーフエンジニアは企業とのプロジェクトの研究フォロー、教授不在の際の企業との対応、研究所の学生の受け入れ、学生の研究のアドバイスなど日本の教授が行うような仕事を任されて行っていました。
私も留学する際にはチーフエンジニアとの契約関係のやりとりを何度もして、無事に研究所の所属ができるようになりました。教授は研究所に来てもいいよというアクセプトだけ。
私が所属していた研究所の教授は超多忙で研究所を2つ持っており、2つの研究所の代表でもあり、多くの企業とも共同で研究をしていたので、研究所にいないことの方が多かったです。
チーフエンジニアはまさに「教授」のような働きをしていましたが、彼らの社会的立場はあくまでも博士課程の「学生」なのです。このチーフエンジニアの存在も別記事で詳細を書こうと思います。
文化と同じく、大学も日本と異なることがあり驚きの連続だった
日本とドイツの大学の違いの前編を書きました。アーヘン工科大学の学生が日本の大学の2倍くらい多いので、その規模の違いにも驚きでした。後編では博士課程、修士課程の学生のこと、そして学生と教授との関係性について書きたいと思います。

